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skyscraperによるブログ

創作 ショートショート

あと味悪いので注意(創作)

 夜道、坂を下っているとズルルと音がして、自転車と一緒にこけてしまった。とにかく手がヒリヒリした。膝も毛羽だった感じになっている。濡れたアスファルトにしゃがみ込んで、傷口と思われる部分をハンカチで抑えながら自転車を眺めた。ホイールが少し曲がったらしい。しばらくすると自転車を引き起こしてサドルに跨り、変な乗り心地の自転車で帰路を急いだ。

 急ぐのにもちゃんと理由があって、私の住む街には近頃変質者が出るのだ。露出等ただの変質者なら話題にもならないところを、この変質者はバットを持って子供を夜に追いかけ回すらしいからしっかりホラーである。

 漕ぎながら、「そのおじさんに追いかけられたけどうちの方が足が速いから逃げれた。怖かった。」と友人から聞いたのを思い出し、少し涙が滲んだ。あの話を聞いたのは先週だったか。住宅街は物陰が多くて怖いから、ちょっと遠回りだが公園のルートをとることにする。夜風のせいか膝が、急に痛んできた。

 公園にはまばらに人がいた。犬の首輪にピカピカ光るライトをつけて散歩させている人影があったり、部活帰りらしき学生の集団が横を自転車で通り過ぎていったり。しばらく走ると本当に無人になった。桜並木が続く。春になると綺麗にライトアップされるこの道も、冬が近づきなんだか寂しい、というか真っ黒な木がぬっと立ち並びおどろおどろしい。

 何となく玄関で待っている愛犬の顔を想像していると、後ろから自転車が木の葉を踏みしだきながら近づいてくる音が聞こえた。私はのろのろ運転だったから道の左の方に寄って徐行していると、後ろから来た自転車の音もゆっくりになって、それに気づいたのと同時に後頭部にすごい振動が走った。

 昔本を読みながら下校していた時におでこから電柱にぶつかったあれ以来の衝撃で、目の前を星が飛んでいった。平衡感覚を失って、身体がぐるんぐるん回っている気がした、と思ったら本当に回転しながら土手を転がり落ちていたらしく、川スレスレの草むらの中に止まった。全身が痛い。見上げると、土手の中腹に自転車が辛うじて引っ掛かっていた。

 すぐさま黒い影が土手を降りてきて、私を見つけると蹴った。都市伝説じゃない、本当に、世の中にこんな暴力的な人間がいるんだ、と思いながら背中を丸め、私は泣いていた。こんな時に、犬の顔が脳裏をちらちらしていた。

「やめてください」

 私の声が小さすぎたのか、男はかがんだ。月夜に照らされ、そいつのひ弱そうな顔が目に映った。瞬間、私の中のファイターが叫んだ。

「こーろーせ!こーろーせ!」

「やり返せ!やり返せ!」

 

「ワーーー!」

 私はとにかく足でそいつの顔とか頭とか胸とかを蹴りまくった。

「殺すーー!」

 とか言ったかもしれない。かなり手応えがあった。無我夢中で蹴っ飛ばしているうちに、男はいなくなっていた。草むらに倒れ込み、ぼーっと、昔弟と蹴り合いっこして泣かせたことを思い出した。

 

 ギシギシいう自転車を引っ張って、起こして、全速力で漕いだ。生キズだらけで、顔もびちょびちょだったのが乾いていった。やっと家に着いて自転車を停めた。玄関を入って入念に鍵を閉めた。自分の部屋に入って、窓の鍵がちゃんと閉まっているか調べた。

 

 あの後両親が心配したので、私は坂でこけたことにしてしまった。あまりに怖い経験だったから、友達にも「おじさんにあったからチャリで逃げまくったら何ともなかったが、安心して転んだ」と笑って話した。そういえばあれから変質者の噂がなくなった。もう、記憶からも消えてほしい。